(1)利平ぐりにかけた願い
利平ぐりの原木

新しい栗の誕生
健吉は、大きい実のなる日本ぐりとおいしい実のなる中国(ちゅうごく)ぐりを合わせると、両方のいい点をもった栗が作れるかもしれないと考えました。日本ぐりの花に、大桑で育った中国ぐりの花粉(かふん)をつけ、できた実をたくさん山にまいていきました。その中から、おいしくて大きな実のなる栗の木が育ってくるのを、健吉は今か、今か、と待っていました。
ところが、どんな木が育つか見ないうちに、健吉は戦争に行くことになりました。
やがて戦争が終わり、大桑に帰ってこられたときには、健吉が研究していた広々とした栗園には草がはえ、すっかりあれはてていました。
「せっかく長い間研究してきたのに、また一からやりなおしか。」
と、がっがりしたとき、今まで見たこともない大粒の栗が健吉の目にとまりました。それを持って急いで家に帰り、さっそく食べてみると、たいへん味が良くて、夢にまでみた栗に近いものでした。
今までにない新しい実が見つかったのは、昭和十五年(1940年)九月のことでした。健吉がくりの研究をはじめて、はやくも十五年の月日が流れていました。健吉は、自分の家に代々つたわっている利平次(りへいじ)という名前をとって、”利平ぐり(りへいぐり)”と名づけました。
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